他人が自分の行動を

それはおかしい!

そんなことするな!といってきたとき

そそ、そーですね(ブルブル)と受容しいうことを聞くのか

アンにゃロー絶対言うこときかねぇぞ(カッカッ)、と反抗するのか

ぶっちゃけどちらも本質は同じ

相手が言ったことに反応している

そこには恐怖からの受容か

怒りからの反抗か

の違いはあれど

相手の発言に対して

感情が発生し

自分がその感情に飲み込まれて

反応してしまっている

(ふりまわされているともいえる)

あいての言動はコントロールしようがなく

自分の感情の発生もまたコントロールしようがない

しかしながら、

その発生した感情に対して

どのように向き合うかは

決めることができる

コントロールは出来ない

感情は自然と湧き出るものだから

だから、多少は飲み込まれる

怒りが出れば

多少はカッとなる

だが、

「あっ、いまカッとなっているなぁ」と認識すると

カーーーーーッ!!!とはならない

別に怒りを防ぐことが目的ではない

怒りはそのまま、ただあってよい

怒りが湧き出ることは正常なことで、正解だ

だが、感情に飲み込まれ、感情と一体化するのはもう疲れた。

正直正しいからやっているのではない。疲れたからもう完全に一体化しないようにしているだけ、この言い回しが正しい。

だから人に押し付ける気もないし広める気もない。

だから、何が言いたいかと言うと

あいての言動に振り回されないことが大切で

そのために自分の感情に振り回されないことが大切で

たとえ一瞬カッときても

自分の感情とはいったん距離を置いて

感情抜きの

普通の状態で考えてみること

その上で

役に立つことを言ったと自分が感情抜きの冷静な心で感じたなら取り入れればいいし

そうじゃないなら無視してもいいし

しつこくて面倒くさい時はかなり強めに大げさにわざと相手を威嚇してもう言ってこないように脅すのもあり

また

恐怖に感じても自分が感情抜きで

やる必要がないと感じたならならなくていいし、

やるべきと思えばやればよい

ということ。

長くなったけど、しょーゆうこと

蛇足付け足すと

人から好かれなくていいし

評価されなくていい

人の感情は人のもので自分のものではない

人の考えは人のもので自分のものではない

取り入れるかどうかは自分次第

ということも忘れず意識しておくと、

先ほどの思考に至りやすい

と、しょーゆうこと

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投稿者について

ミニマルな生活に憧れる
意識低い系ミニマリストだよ
色々なものを手に入れようとずっと
もがいてもがいてきたけど、
ぼちぼちもういいかなぁ、と思っているよ
気持ち安らかに何より心の自由を大切にしたいよ
   お し ま い

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